東京地方裁判所八王子支部 昭和52年(ワ)1415号 判決 1979年3月28日
原告 百合草正平 外二七名
被告 東京都
主文
一、原告らの主位的請求をいずれも棄却する。
二、被告は、原告らがそれぞれ別表(2) の買取代金額欄記載の各金員を支払うのと引換えに、当該原告に対し、別紙当事者目録記載の当該原告の番号に対応する、別紙第二物件目録記載の建物番号表示の各物建につき、昭和五三年七月二四日付売買を原因とする所有権移転登記手続をなし、かつ右各建物を引渡す旨の意思表示をせよ。
三、被告は原告らに対し、それぞれ昭和四九年一〇月一日から同五三年七月二四日までの一カ月当り別表(2) の各原告名下の賃料相当額欄記載の金額の割合による金員及びこれに対する昭和五三年七月二五日から支払ずみに至るまでの年五分の割合による金員を支払え。
四、原告らのその余の請求をいずれも棄却する。
五、訴訟費用は被告の負担とする。
六、この判決は第三項に限り、仮に執行することができる。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
(一) (主位的請求)
被告は原告らに対し、それぞれ別紙当事者目録記載の各原告の番号に対応する別紙第二物件目録記載の建物番号表示の各建物を収去して、同第一物件目録記載の宅地番号表示の各土地を明渡せ。
(予備的請求)
被告は原告らに対し、それぞれ別紙当事者目録記載の各原告の番号に対応する別紙第二物件目録記載の建物番号表示の各建物につき、同番号1ないし18及び28の各建物については、同目録床面積欄表示のとおり五九・五〇平方メートルのうちの東側または西側二九・七五平方メートルに建物区分登記手続をしたうえ、昭和五三年七月二四日付売買を原因とする所有権移転登記手続をなし、かつ右建物を当該原告に対し引渡す旨の意思表示と、各原告の番号に対応する別紙第一物件目録記載の宅地番号表示の各土地をそれぞれ当該原告に明渡す旨の意思表示をせよ。
(二) 被告は原告らに対し、それぞれ昭和四九年一〇月一日から前項の各土地の明渡しずみに至るまで、一カ月当り別表(1) の各原告名下の地代相当額欄記載の金員及び右金員に対する当該月の翌月一日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。
(三) 訴訟費用は被告の負担とする。
(四) 仮執行の宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
(一) 原告らの請求をいずれも棄却する。
(二) 訴訟費用は原告らの負担とする。
(三) 仮執行免脱の宣言
第二当事者の主張
一 請求原因
(一) 訴外東京都南多摩郡町田町(現町田市)は昭和二四年一〇月一日、被告に対しその所有する別紙第一物件目録記載の宅地番号1ないし28の各土地(以下本件各土地という。)を期間二五年と定めて賃貸し引渡した。
(二) 原告らは、昭和四二年三月三〇日、別紙当事者目録記載の各原告番号に対応する別紙第一物件目録記載の宅地番号表示の各土地を町田市から買受け、それぞれその所有の土地につき所有権移転登記手続も了し、被告に対する賃貸人の地位を承継した。
(三) 被告は昭和二四年以来別紙第一物件目録記載の宅地番号表示の各土地上に同番号に対応する別紙第二物件目録記載の建物番号表示の各建物(以下本件各建物という。)を建築所有して本件各土地を占有し、本件各建物につき昭和四二年二月一八日付でいずれも所有権保存登記(ただし、別紙第二物件目録記載の建物番号1ないし18及び28の各建物については、その接する東、西二戸を合わせて一戸としたもの)の手続を了した。
(四) 本件各土地の賃貸借契約は昭和四九年九月三〇日の経過とともに期間満了により終了したが、被告は本件各土地の明渡をなさず、これにより各原告が蒙つている地代相当の損害金は一か月につき別表(1) 記載の地代相当額欄記載の各金額(一平方メートルにつき金六〇円)のとおりである。
(五) よつて原告らは被告らに対し、主位的に本件賃貸借契約の終了に基づく原状回復として、本件各建物を収去して本件各土地を明渡すことを求め、仮に後記被告主張の本件各建物の買取請求が認容される場合は予備的に、本件各建物につき昭和五三年七月二四日付売買を原因とする所有権移転登記手続及び本件各建物の引渡及び土地の明渡を求め、並びに本件各土地の明渡義務不履行による地代相当の損害金及びこれに対する当該月の翌月一日から支払ずみに至るまで年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。
二 請求原因に対する認否
請求原因(一)ないし(三)の各事実はいずれも認める。同(四)の事実は争う。
三 抗弁
町田町と被告との間の本件各土地の賃貸借契約は東京都営住宅建設を目的とするものであるところ、被告は原告らに対し、同契約の期間満了に先立ち昭和四九年九月六日到達の内容証明郵便にて、契約更新の意思表示をなし、更に八王子簡易裁判所昭和四九年(ユ)第二九号土地明渡請求調停事件の昭和四九年九月一九日付第一回期日においても口頭にて右同様の意思表示を行ない、右賃貸借期間満了後も引続き本件各土地を都営住宅敷地として使用している。
四 抗弁に対する認否
抗弁事実は認める。
五 再抗弁
(一) 原告らは被告に対し、被告主張の調停期日その他賃貸借期間満了の前後を通じ、再三にわたり更新拒絶の意思表示及び同期間満了後における被告の本件各土地の使用について異議を述べ、その明渡を求めていた。
(二) 原告らの右更新拒絶の意思表示には次のような正当事由がある。
1 原告らは別表(2) の入居年月欄記載の各年月に本件各建物を被告よる賃借し、入居しているものであるが、昭和三四年以降次のような理由をあげて訴外町田市及び被告に対し、本件各土地及び建物の譲渡方を繰返し陳情し、請願を行なつた。
本件各土地建物に原告らが長年継続して居住して来たことにより、本件土地建物は原告らにとつて、生活の本拠地たる性格が定着した。この間原告らの家族構成員が増加したり、子弟が成長するに伴い平家建の本件各建物は狭隘化し、しかも右建物は、戦後の混乱期たる昭和二四年の最も住宅事情及び資材事情の悪化した時期に応急的に建築された所謂不良建築であるため、その損傷、老朽化が著しくなつた。加えて本件各土地の下水道が不完全であつたため、わずかの雨量でたちまち氾濫するという状態を繰返し、このため建物の基礎たる土台や柱などが腐り始めた。しかるに被告による根本的改造や増築は全く期待できないのみでなく、補修、改善さえも制限的なものであり、自己負担による増改築でさえ極端な制限を受けているため、原告らにとつてその生活環境が耐えがたいものとなり、本件各建物を譲受け、自由に増改築あるいは建替えなどをし、住良い生活環境を保全する必要は切実なものとなつた。
2 これに対し当初町田市においては、被告と原告らとの間で建物の譲渡がなされた場合には、本件各土地を原告らに譲渡する旨を表明し、他方被告においても、原告らと町田市との間で土地の譲渡がなされれば本件各建物の譲渡に応ずる旨を表明していた。そして被告は町田市からの本件各土地の買上げ方についての意向打診に対し、買上げを拒否し、昭和四〇年一二月二七日の町田市からの原告に対する本件各土地の払下げの通知に対し異議を述べなかつた。また原告らは被告に対し昭和四一年二月、本件各土地を安住の地とするため買受けて町田市の地位を原告らが承継する予定である旨通知したところ、被告はこれを了解した。そこで町田市において原告らに対し本件各土地を譲渡することになり、昭和四二年三月三〇日原告らは町田市から本件各土地を買受け、被告に対する本件各土地の賃貸人たる地位を承継したが、右賃貸借契約の承継に当り、原告らは右経緯を踏まえて、被告に対し昭和四六年四月一日本件各土地を使用するのは賃貸借期間満了日の昭和四九年九月三〇日までに限定する旨を申入れ、被告との間でその合意をみるに至つた。
3 ところで本件各建物の天井、壁等の損傷は勿論、土台、柱の老朽化はその後更に著しくなり、白蟻による侵蝕もあつて、戸や襖が柱や土台の湾曲のためすぐはずれたり、土台や床が歩く度に音をたてたり、土台などに釘などが全くきかずズブズプと入つてしまつたり、あるいは床が低いため腐蝕し、被告による補修改善の限度をはるかに超え、既に朽廃ともいい得る状態(本件各建物に共通してみられるところである。)であつて、快適な日常生活はおろか、安全性を保つことさえ覚束なく、特に地震、火災などの災害の際の危険性の大きさは図り知れない。
4 右の諸事情は、原告らにとつて単に都営住宅の居住者としての不都合にとどまらず、同時に土地所有者であるにもかかわらず、自己の土地を自由に使用できないことから蒙つている不都合であり、自らの生活環境を改善し、安定させるため被告との本件各土地の賃貸借契約を終了させ、自由に右各土地を使用する必要性が強いといわなければならない。更に原告らが本件各土地を町田市より譲受けた事情及びその際の被告らの態度、原告らと被告との間の合意等をもあわせて考慮すれば、原告らの被告に対する更新拒絶の意思表示には正当事由があるというべきである
(三) 被告の背信行為による契約の解除
1 被告は右のように、町田市からの買上げの意向打診にもかかわらず、本件各土地の買上げをせず、また何らの措置を講ずることもしなかつた。それどころか逆に原告らの被告に対する払下げの期待と信頼を利用して、原告らに本件各土地を購入させ、固定資産税を負担させ、かつ本件各土地を超低額で被告に賃貸させ、思うままに利用してきた。ところが、約束の期限が到来するや、本件各建物だけは、他の建替事業の対象の建物と異り、「今後更に一〇年余は使用に耐えられる」などと称し、今後の見通しもないまま、借地権の継続を主張して、依然として、本件各建物の危険性や朽廃化を放置し、原告らに犠牲を強いている。
2 他方で被告は本訴提起前の調停手続において、被告が本件各土地を取得した場合にそなえて作成した都営住宅の建替計画案なるものを提出したが、右計画なるものの敷地となるべき町田第二都営住宅においては、町田市所有のままの宅地が五筆存在するが、被告はいまだ右土地について一筆も購入していない。
3 現在町田市では下水道工事を行なつており、本件各土地もこの工事区域内に入つているので、原告らは町田市に対し下水道事業受益者申告をしたが、被告は木造都営住宅については地区内に下水道ができても中高層建物に建替するまで水洗化を拒否する方針であるといつて、本件各土地についての下水道工事さえも妨害するに至つた。更に被告は、原告らが一定の収入基準を超えることとなつた場合には、当該原告は本件各建物を被告に対し明渡す義務を負うと主張している。
4 以上、原告らの本件土地購入の前後における被告の態度からその後原告らに対し本件各建物の譲渡を拒否し、更には原告らに対し本件各建物からの立退を要求する態度を示すに至つた事情にかんがみれば、被告の右一連の態度は、原告らにとつて被告との本件各土地の賃貸借契約を今後継続せしめがたいことが明白な、重大な背信行為というべきである。
よつて原告らは昭和五三年七月二四日付準備書面において、予備的に右背信行為を理由として、本件賃貸借契約解除の意思表示をなしたので、たとえ原告らの被告に対する更新拒絶の意思表示につき正当事由が認められず、本件各土地の賃貸借契約が更新されたとしても、右契約解除により本件各土地の賃貸借契約は消滅した。
六 再抗弁に対する認否
(一) 再抗弁(一)の事実は認める。
(二) 同(二)の1の事実のうち、原告萱野明が別紙第二物件目録19の建物に現在居住していること及び本件各建物が原告らの生活にとつて耐えがたい程狭隘化し老朽化したことは否認し、その余の事実は認める。同2の事実のうち、町田市が被告と原告らとの間で建物の譲渡がなされた場合に、本件各土地を原告らに譲渡する旨を表明していたことは不知、被告が原告らと町田市との間で土地の譲渡がなさされば、本件各建物の譲渡に応ずる旨表明したこと、被告が昭和四一年二月原告らの申入を了解したこと、原告が本件各土地の賃貸人たる地位を承継するに当り、被告との間で賃貸借契約の存続期間を昭和四九年九月三〇日までに限定する旨の合意が成立したとの点は、いずれも否認し、その余の事実は認める。同3の事実は否認する。本件各建物は部分的な補修を加えればなお一〇年余は使用に耐えるものである。同4は争う。原告らは現に自ら本件各建物を使用することによつて、自己使用のため本件各土地を使用しているものであるから、自ら使用する必要性は事実上充されている。なお、本件各建物の老朽化及び原告らの生活環境は一律ではないから、更新拒絶の正当事由については個別に判断されるべきである。
(三) 契約更新に関する被告側の事情について
被告は地方公共団体として公営住宅法に基づき、住宅に困窮する低所得者を対象に低額の使用料で賃貸するための都営住宅を建設し、もつて都民の住宅難の解消に努力しているものであるが、現在都内における住宅事情は極めて逼迫し、都民生活の安定と住民福祉の増進に寄与するため、将来にわたり都営住宅を建設、維持、管理する必要があるにもかかわらず、都営住宅用地を新たに取得することは極度に困難な状態にある。本件各建物は、ひとり現に居住している原告らのみのためではなく、広く住宅困窮者たる都民の需要をみたすためのものであり、しかも、本件各建物はなお相当期間使用に耐えうるものであつて、被告は今後も引続き右建物を公共の利用に供するため本件各土地を使用する必要がある。
(四) 同(三)の背信行為の主張は争う。
七 再々抗弁
被告は昭和五三年七月二四日第一九回口頭弁論期日において、原告らに対し、借地法第四条第二項の規定により本件各建物を時価、すなわち別表(2) の買取代金額欄記載の各金額で買取るよう建物買取請求権を行使した。
よつて、たとえ、本件各土地の賃貸借契約が期間満了により終了したとしても、原告らの本件各建物を収去のうえ、本件各土地の明渡しを求める主位的請求は失当である。
また、被告は本件各建物の買取代金の支払いがあるまで本件各建物につき留置権を有するので、前記各買取代金の支払いと引換えでなければ、原告らの本件各建物の所有権移転登記手続及び本件土地、建物の引渡しに応ずることはできない。
八 再々抗弁に対する認否
別紙第二物件目録記載の各建物の時価が被告ら主張のとおりであることは認める。
第三証拠<省略>
理由
一 請求原因(一)ないし(三)の事実及び抗弁事実はいずれも当事者間に争いがなく、再抗弁事実のうち、原告らが本件賃貸借期間満了に先立ち、被告に対し更新拒絶の意思表示をなし、期間満了後、本訴提起前に被告の本件各土地の使用継続につき異議を述べたことも当事者間に争いがなく、本訴提起前における右異議は遅滞ないものと認められる。
二 そこでまず、原告らの本件賃貸借の更新拒絶の意思表示に、借地法所定の正当事由があるかどうかの点について判断する。
原告らが昭和三四年以降訴外町田市及び被告に対し、再抗弁(二)1の理由を掲げて本件各土地及び各建物の譲渡方を繰返し陳情し、請願を行なつたこと、被告は町田市からの本件各土地の買上げ方についての意向打診に対し、買上げを拒否し、昭和四〇年一二月二七日町田市からの原告らに対する本件各土地の払下げ通知に対し異議を述べなかつたこと、そこで町田市において原告らに対し本件各土地の譲渡を行なうことになり、昭和四二年三月三〇日、原告らは町田市から本件各土地の払下げを受けたことは当事者間に争いがない。右当事者間に争いのない事実と、原本の存在、成立ともに争いのない甲第一号証、第六ないし第八号証、成立に争いのない甲第二ないし第四号証、第一一号証、第一二及び第一三号証の各一、二、第一四号証、乙第二号証の一、二、第三ないし第七号証、第八号証の一ないし三、第九、一〇号証、証人大谷正夫の証言により真正に成立したものと認める乙第一二、一三号証、原告青木武司本人尋問の結果により真正に成立したものと認める甲第五号証の一ないし二六、第九号証の一ないし五、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認める甲第一五ないし第四二号証の各一及び三、乙第一四号証、証人山崎宣之、同藤川好子、同大谷正夫の各証言、原告深谷了専、同青木武司の各本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨を総合すれば次の事実を認めることができる。
(一) 本件各土地及び各建物のある通称町田第二都営住宅は、昭和二四年被告によつて建設された木造平家、一戸建て(建坪一二坪)または一棟二戸建て(同九坪)の公営住宅で、被告がその管理にあたつている。原告らは右第二都営住宅の入居者であり(ただし原告番号19萱野明、同26小竹源一郎は現在入居しておらず、その家族が入居している。)、その入居年月、現在の入居者数(本人及び家族)はそれぞれ別表(2) 記載のとおりである。
被告は昭和二〇年から三〇年代にかけて、木造都営佐宅については維持費、管理費が嵩むため、耐用年限の一定割合を超えたものにつき審査会の議を経るなど一定の手続を経たうえ、入居者に払下げを実施していた。原告らは、町田第二都営住宅も木造であるところから将来払下げになるものと期待しつつ本件各建物に入居し、町田第二都営住宅の入居者をもつて相互の親睦、共同の福祉、居住条件の向上の目的のために組織した親和会などを通じて昭和三四年以降町田市及び被告に対し、本件土地建物の払下げの陳情、請願を繰返し行ない、これに対し被告の住宅局管理課では、第二都営も今暫くすれば入居者に払下げになるだろうとの態度を示し、払下げ代金の見積りを具体的に計算して原告らにメモ書きして与えたこともあり、原告らに払下げについての期待を抱かせていた。その後原告らは被告の担当係官から町田市が本件各土地の所有者であるから町田市から先に土地を払下げてもらえば建物の払下げを受けるについて有利である旨の説明を受け、町田市へ本件各土地の払下げの陳情を繰返しているうち、町田市議会でこれを採択するに至つたため、町田市では被告に対し、昭和四〇年一二月二七日付被告住宅局長宛の文書にて、町田市が被告の意向如何によつては入居者に対し本件各土地を払下げる可能性もあり得ること及びその場合に本件各土地の賃貸借を中断または継続することについての意向を打診した(乙第三号証)。これに対し被告は土地を買上げる意思はなく、町田市の分譲もやむを得ないが、賃貸借関係は新土地所有者において従前どおり引継ぐよう配慮されたい旨回答した。一方建設省では、昭和二九年一一月一一日付住宅局長発都道府県知事宛の通達により、昭和二四年度以降に建設された木造公営住宅については、公営住宅供給の目的に鑑み、災害公営住宅その他特殊な事情による場合のほか、譲渡処分を承認しない方針を明らかにし、被告においても、昭和三九年頃従来の方針をかえ都営住宅の払下げは原則として行わないことを定め、同年四月一日東京都営住宅分譲条例を廃止したが、当時町田市より本件各土地を譲受け、ゆくゆくは被告より本件各建物の払下げを受けることを期待していた原告らに対し、その間の事情を充分に説明していなかつた。そこで原告らは昭和四一年二月二八日被告の申入により、町田市より本件各土地を譲受けた場合、被告との間の賃貸借契約を承継することを承諾する旨を記載した念書を差入れたが、右念書において「将来の安住の地としたいため、市当局に対し市有財産の払下げを申入れ」た旨を記載し、本件各土地を原告らの永住の土地として使用する意思であることを明らかにし、昭和四二年三月三〇日町田市から坪当り一万八五〇〇円の分譲価格で本件各土地の払下げを受け、昭和四五年二月末頃譲渡代金の支払いを完了し、同年二月二四日付で本件各土地の賃貸人たる地位を承継し、昭和四六年四月一日被告との間であらためて賃貸借契約書(甲第二号証)を取り交したが、右契約書において原告らは、「この契約の存続期間は、この契約締結の日から昭和四九年九月三〇日までとする」と終期を明記するとともに、町田市と被告との間との契約書にあつた「被告において必要ある場合契約期間を伸長することができる」旨の規定を殊更にはぶき、契約更新を予め拒否する原告らの意思を暗黙に表明した。
原告らはその後も被告に対し、引続き本件各建物の払下げを陳情したがこれを断られていたところ、賃貸借契約の期間満了が迫つた昭和四九年八月二日八王子簡易裁判所に被告を相手方として本件各土地の明渡しを求める調停を申立てた。その席で被告は原告らに対し、突如本件各土地の買取りを申入れ、本件各建物を取壊してその跡地に中層建物を建設する予定であることを明らかにしたが、その使用条件等について原告らの納得のゆく説明がなく、右提案は原告らにより拒否されたため、昭和五〇年九月二三日右調停は不調となつた。
(二) 本件各建物を含む町田第二都営住宅は昭和二四年当時の社会情勢を反映し、粗悪な建築資材をもつて応急的に建設された建物であり、現在の一般の住宅事情に比して狭隘であり、快適さを欠いているのみならず、既にその耐用年限を超え、加えて地区内の下水道が不完全で、雨水の氾濫することが多いため、右建物の基礎、土台、柱、壁、敷居などの損傷、老朽化が甚しく、原告ら居住者にとつて日常生活における不快適さもさることながら地震等の災害時における危険性も軽視できない状態にある。原告らの中には本件各建物につき増改築を行なつてこれに対処している者もあるが、被告から、増改築の可能な範囲は一〇平方メートルまで、二階建は建てられないなどの制約を課されているため、十分な広さを確保できず、原告らの多くはその必要を充すため建ぺい率いつぱいの二階建家屋を建築する計画を有し、そうでない者も安全かつ十分な広さの建物とするため、増改築、あるいは大補修に代えて建替する必要に迫られている。更に町田市では現在水洗トイレのための下水工事に着工しているが、被告は、木造都営住宅は水洗化せず、中高層の不燃建物に建替えるときに同時に水洗にするとの方針であるため、本件都営住宅地区は水洗化の予定から外され、原告らとしては被告の中層建物建築計画を受入れない限り水洗化の実現をはかることができない。
(三) 被告は地方公共団体として、都民生活の安定と住民福祉を増進させるために、住宅に困窮する多くの都民に都営住宅を供給しているが、現在都内における住宅事情は終戦直後に比して緩和されてきているというものの、なお極めて逼迫した状態にあり、昭和五一年度の新築公営住宅の入居者募集の際の受入戸数に対する応募者数の比率は、最高約二五六倍、最低でも約七倍、平均約四六倍で、昭和五二年度は最高約二〇二倍、最低約八倍、平均約三七倍にも達している。都営住宅は当初すべて木造であつたが、土地の効率的利用、住宅個数の確保、不燃化建物による町づくりの観点から昭和三六年以降すべて中高層の不燃化建物とすることになつた。被告は前記のとおり昭和三〇年代までは木造都営住宅の払下げを行なつていたが、昭和三九年以降その方針を改め、都営住宅の払下げは原則として行なわず、逐次中高層不燃建物に建替えることにした。しかし、その後も各地で公営住宅の払下げの陳情が繰返されるので、建設省では、昭和五〇年一一月一七日、公営住宅の「払下げ基準」として、三大都市圏(東京、神奈川、千葉、埼玉、愛知、大阪、京都、兵庫)での払下げは原則として行なわない、その他の地域での払下げの対象住宅は木造住宅及び簡易耐火低層住宅とする、払下げの時期は建築後耐用年数の半分を経過したものに限る、という内容の都道府県知事宛通達を発するに至つた。現在都営住宅のうちでいわゆる民有借地上にあるものは、約八〇団地、戸数約一七〇〇戸あるが、このうち低層都営住宅は前記通達の趣旨に沿つて払下げを行なわず、すべて建替える方針で、借地期間が切れる際できるだけその敷地を買収し、地主がこれに応じない場合は借地契約の継続を願い出ている。また民有借地上の都営住宅のうち本件のように地主である者が居住者となつているいわゆる居住者地主の都営住宅は約一二団地、戸数約二一一戸存在し、これもできる限り敷地を買収して不燃性の中高層住宅に建替える方針にしている。
町田市内に現存する都営住宅は、昭和五二年七月現在二七団地、四五四一戸あるが、そのうち二三二戸の鉄筋コンクリート住宅のほかは、本件第二都営住宅を含め昭和二四年から昭和四六年までに建設された木造または簡易耐火構造の住宅(戸数四三〇九戸、敷地面積約六三ヘクタール)で、木造住宅についてはほとんど耐用年限(二〇年)を経過したものとなつている。そして右木造または簡易耐火構造の住宅は、約一〇年を目途に建替事業の対象とし、本件町田第二都営住宅も緑地帯、児童公園つきの三階建、三棟、戸数約五四戸の不燃化中層住宅に建替える計画があるが、その敷地内にある町田市の所有地についてもいまだ買収がなされず右計画の実現の目途はついていないといわざるを得ない。
およそ以上の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。
右認定の事実に徴すれば、被告は都営住宅用地として本件各土地を利用して来たものであり、昨今の逼迫した住宅事情、土地事情のもとで、不足する公営住宅を都民に供給するためには、従来の公営住宅用地を今後も確保すべき一般的必要性があり、さらに本件町田第二都営住宅は建替えの時期に来ていて、本件各土地上に改めて中層不燃建物を建設するためにも本件各土地を引続き利用できれば被告にとつて極めて有利であることは十分理解できる。
他方、原告らは本件各土地及び建物の払下げを受けようとして、懸命に努力を重ね、遅くとも本件賃貸借契約の期間満了までには本件各建物も払下げられるであろうことを期待しつつ、本件各土地を買求めたものであつて、本件各土地を永住の地とする意思が固く、ひたすら本件賃貸借の期間の満了を待つて本件各土地が返還されることに希望をつないで来たものであり、原告らが、本件各土地を自己の所有地として自由かつ円満に使用する必要性は、その家族構成、居住状況、本件各建物の床面積、構造、損傷・腐朽の程度、土地の有効使用の状況、原告らの資力等の諸事情にかんがみれば、各原告につきその程度に若干の差があるとしても、いずれも極めて切実なものであつて、たとえ被告側の前記諸事情を考慮しても被告における必要性に比して勝るとも劣らないものということができる。さらに、本件各建物が終戦後間もない頃粗悪な資材をもつて建築されたものであつて、昭和四九年九月当時既に耐用年限を超え、腐朽の程度が甚しく、町田市との当初の賃貸借契約の目的を一応実現したものといえること、原告らが町田市より本件各土地を買受けた際、被告側において本件各建物の払下げを期待させるがごとき態度がみられたこと、被告の原告らに対する賃貸借契約更新の請求に当つて、原告らに対し本件各建物の建替事業について原告らの納得のゆくような説明がなされなかつたこと並びに被告が借地法第四条第二項の規定による建物買取請求権によつて保護されていること、などの諸事情をあわせ考えれば、原告らの被告に対する本件各土地の賃貸借契約の更新拒絶については借地法所定の正当事由があるものであつて、右各賃貸借契約は、昭和四九年九月三〇日の経過とともに期間満了によつて消滅したものというべきである。従つて原告らの期間満了による賃貸借契約の終了をいう再抗弁は理由があり、予備的主張である契約解除の点については判断をしない。
三 ところで、被告が昭和五三年七月二四日の第一九回口頭弁論期日において、原告らに対し、本件各土地の賃貸借契約が期間満了により消滅したことを条件として本件各建物を買取るべきことを請求したことは訴訟上明らかであり、右買取請求は理由があると認められ、かつ本件各建物の昭和五三年七月二四日当時における時価相当額が、被告主張のとおりであることは当事者間に争いがないので、右同日、原告らと被告との間で、別表(2) の買取代金額欄記載の各代金をもつて本件各建物の売買契約が成立し、本件各建物の所有権は原告らに移転したものというべきである。従つて本件各建物を収去して本件各土地の明渡を求める原告らの主位的請求は被告の買取請求により失当に帰したので、これを棄却すべきものである。
次に原告らの予備的請求について検討すると、本件各土地の賃貸借契約が期間満了によつて終了し、かつ被告の建物買取請求権の行使により、原告らと被告との間においてそれぞれ本件各建物の売買契約が成立したことは前記のとおりであるので、原告らの本件各建物の所有権移転登記手続及び本件各建物の引渡請求(なお本件各建物は、原告らがこれに居住し、直接占有を既に取得しているので、簡易の引渡による。)は正当であるが、被告は本件各建物の買取代金の支払いを受けるまで、同時履行の抗弁権及び留置権を有するので、原告らが右買取代金を支払うのと引換えにのみ、本件各建物につき昭和五三年七月二四日付売買を原因とする所有権移転登記手続をなし、かつ本件各建物の引渡をなすべきものである。
なお被告の本件各土地の占有は本件各建物を所有することによつてなされていたものであるから、本件各建物が原告らの所有に帰した以上、被告が本件各建物に居住することによつて本件各土地を占有しているなど、特段の事情がない限り、本件各土地に対する被告の占有状態は消滅したものと解せられるので、原告らの本件各土地の明渡請求は失当というべきである。また別紙第二物件目録記載の建物番号1ないし18及び28の各建物について所有権移転登記がなされるためには、同目録におけるその各表示のとおりに、建物区分の登記が経由されていなければならないが、この区分の登記手続は登記簿の表題部に記載した所有者または所有権の登記名義人のみがなすべきものであつて(不動産登記法第九三条の三、第一項参照)、原告らには右区分の登記請求権はなく、しかも原告らとしても、被告に対し区分建物の所有権移転登記手続を命ずる判決を得れば、この判決正本を原因証書として被告に代位して右区分の登記手続をなすことができるし、またそれをもつて足りるのであるから、右各建物につき建物区分登記手続を求めることはできない。よつて原告の予備的請求は右の限度において正当であるからこれを認容し、その余はこれを棄却すべきものである。
最後に損害金の請求について検討するに原告らと被告との間の本件各土地の賃貸借契約が昭和四九年九月三〇日限り期間満了により終了したと認められる以上、被告は原告らに対し同年一〇月一日以降本件各土地の明渡義務の不履行に基づき賃料相当の損害金を支払うべきものであるところ、前掲甲第二号証によれば、原告らが町田市と被告との間の本件各土地の賃貸借契約を承継した際の約定賃料が別表(2) の賃料相当額欄記載のとおりであることが認められ、右賃料額が不相当となり、原告ら主張の別表(1) の地代相当額欄記載の各金額が相当であることを認めるべき証拠はないので、右約定賃料の額をもつて相当賃料額と認めるべきである。そして被告の本件各建物に対する買取請求権行使以後は、原告らが本件各建物の所有者となり、被告の本件各土地の明渡義務は消滅したというべきであるのみならず、前記認定のとおり原告らまたはその家族が現に本件各建物に居住しているので、被告が右賃料相当の利得をし、原告らに損害を生ぜしめているものとは解せられないから、右買取請求権行使の日の翌日以降の損害金の請求は失当というべきである。従つて原告らの損害金の請求は、昭和四九年一〇月一日以降、昭和五三年七月二四日までの間の本件各土地の明渡義務不履行に基づく損害賠償として右相当賃料額と同額の割合による金員及び右金員に対する本訴において右損害金の請求を追加した昭和五三年七月二四日付準備書面が被告に送達された日の翌日であることが記録上明らかな同年同月二五日以降右金員の支払ずみに至るまでの年五分の割合による遅延損害金の限度において理由があるが、その余は失当である。よつて原告らの損害金の請求は、右の限度においてこれを認容し、その余はこれを棄却すべきものである。
四 以上の次第であるから、原告らの主位的請求を棄却し、予備的請求及び損害金の請求については主文掲記の限度でこれを認容し、その余はいずれも棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条・第九二条但書を、仮執行の宣言につき同法第一九六条を各適用し、仮執行免脱宣言の申立は却下することとして、主文のとおり判決する。
(裁判官 後藤文彦 鈴木健嗣朗 小磯武男)
(別紙) 第一物件目録・第二物件目録<省略>
別表(1) ・(2) <省略>